転職を決意したギリギリの気持ち。

人それぞれ 借金の額って違っていて。
数十万でも「借金生活だ。。(ノд・。) 」と思う人もいれば
私みたいに数百万に膨れ上がるまで
「生活キツイけどいつかは返せるし( ̄  ̄) 」
と 思ってる人もいるだろうし。←いるのかしら。。(汗;

ずっと働いていた職場から転職をしようと思った理由は
子供ができない事 だった。

子供が生まれても働ける所、と思って
自宅からも家からもそう遠くない場所で仕事を探していて。

私の人生設計として
子供が出来たら 産休を取ってすぐに職場復帰しようと思っていたの。
だから実家から5分ぐらいの距離の職場に採用になったのはすごく嬉しかった。
30歳の時だったので
面接の時も もし子供が出来ても、、と話していたし。

、、、子供ができたら。。。
と、あれこれ考えながら
いつか自然に出来るだろう、と思っていた。
そう思いつつ数年、、、

そんな時  旦那さんが鬱になった。

そうなると子供所ではなくなって。

真っ暗な場所で暮らしているような日々だった。

今はもう過去の事になっているから
「あの時は辛かったなぁ~(;´∀`)」ぐらいに振り返る事ができるけど
言葉では表現できない感覚。

辛い、淋しい、怖い、不安、マイナスな事しか周りにない。
少しでもバランスを崩すと発狂しそうになる毎日だった。

でもその時にブログというものを知った。
今はツイッター、SNSたくさんの媒体があるけど
その頃はまだブログって流行り始めの頃で。
私はパソコンも携帯も持ってなかったし。
だから仕事の合間のちょっとした時間に
毎日のちょっとした出来事や感じた事をとにかく書いて、書いて
小さな幸せでも必死に探して
今の自分だって十分幸せかもしれない、、
そんな 幸せになれる突破口を必見つけようと必死だったのかも。

ブログは 私にとって
淋しい気持ちを楽しい気持ちに変換させてくれるものだった。
ブログに書くことで
私の単純脳みそは「楽しい事がたくさん♪」と思ってくれて。
思い込みって大事なんだなぁ、、と実感する事ができた。

あ。前振りが長くなってしまったけど、、、(ここまで前振りかーいw)

その頃いた会社は家族経営で。
歳を重ねるごとに 子供はまだか攻撃 が激しくなっていた。

女はどんなに仕事ができても子供を産まなければ
人としても資格なし とハッキリ言われたし

旦那が外に子供を作ってもお前が子供を産まないのが原因だから
文句は言えないんだぞ とか
いい年して子供が居ないなんて罰当たりだ とか
とにかく いろんな言葉を浴びせられた。
(昭和初期生まれの会長夫婦に)

これでもか、と言うくらい仕事をし
家では欝々した気持ちになりながらも
それに飲み込まれないよう私は頑張っていたつもり。

「年寄りの言葉なんて気にするな」
「ムカついて、その怒りの感情を持ち続ける事こそ無駄な時間だ」

そう思って嫌な事は適当に流して
自分を幸せにできる方法 を必死に探していた。

子供は もう出来ないだろうな。。。

ちょっとずつ旦那さんも落ち着いて
普通に暮らるようになった頃
自然にそう思った。

旦那さんや自分の精神状態を考えても
これから不妊治療をする気力もお金も時間もない。
今を穏やかに暮らる事が一番の幸せで。
これ以上望んで
また波風を立てるのが 面倒というか、、、
ようやく一山越えて 穏やかに暮らしているのに
また一つ山を越える事は 精神的に無理だと思った。

不妊治療って 本当に 天国と地獄で。
しかも 天国に行けない場合は
ずっとずっと地獄の中にエンドレスにいる事になる。
そう思った時
最高に幸せな事があるかもしれない 未来の幸せ よりも
望まなければ穏やかに暮らせる 諦めの幸せ の方を選んだのかも。

子供が居なくても
楽しい生活が出来ればいい。

そう思った時に 今の会社に居る事は
精神的によくない。
辞めなくちゃ。

「今は高齢出産で40歳ぐらいまでは子供産めるらしいから頑張れ」
いつも会長夫婦が 話の最後にそう言う。

だから私の中で
40歳になる前にこの会社を辞めなくちゃ。
そればかり考えていた。